コロナ禍で明らかになった格差

貧富の格差ではなく人間性の格差

最近、非正規雇用者やアルバイトなどがシフトを減らされるなどして収入が減り、国にどうにかせいと訴えている姿をニュースで目にします。

給料が減って家賃が払えない、生活が大変、だから国が支援しろ。というものです。

実際、休業手当(会社が一旦立て替えて、後から国が会社に払う)や休業支援金(従業員が国に直接申請して給付を受ける(会社側の記載箇所もある))という制度があります。あるにも関わらず休業支援金に至っては認知度は59%しかないのだそう。

雇用保険、雇用調整助成金から出る休業手当は上限が1日15,000円、月33万円。休業支援金は休業前賃金の80%、月33万円を上限とするものです。

雇用保険に入っていないアルバイトであっても緊急雇用安定助成金があります。

こういった救済策があるのに知らない、知ろうともしない。それはいかがなものかと。情弱と言われても仕方ないかなと。

自分のことは自分で。

そもそも、五体満足でありながら正社員ではなく非正規でいるというのは当の本人の決断によるものです。

正社員、公務員、士業、相応のハードルを超えてその立場にいるわけです。駅やコンビニでバイト情報誌を見て決めたのとは違います。

待遇の差があるのは当然です。努力の差ですので。

昔から「真っ先に首を切られるのは非正規」という言葉はありました。周知の事実でありながら、いざその事態が起こると「会社に見捨てられた」「国が何とかしろ」というのはお門違いです。

そうなりたくないから正社員になり、安定してると言われる公務員の試験に合格し、上位10%しか合格できない税理士事件に挑み続けたわけです。

非正規が正社員同様に保護されたら正社員が「え?なんで?」です。

コロナ禍を1年間過ごしてみれば、雇われていること事態もリスクだと分かるはずです。

老後の年金も期待できないとコロナ前から常々言われていたのだから、せめて厚生年金に入れるくらい働くとか、収入の形を複数形成する努力をするとか、今からやらなければ老後に泣くのは自分です。

今日この日ですら、軽く70歳は超えているであろう老人が工事現場の旗振りやトラックドライバー、深夜のコンビニのレジ打ちをしています。

本人がそれで良ければ結構ですが、僕は65歳で隠居して自由気ままに暮らしたいという目標があります。税理士になる目標を達成したようにこれも達成します。

自分の人生は自分でどうにかする。

当たり前のことです。

まとめ

コロナ関連のニュースを見ていていつも違和感を感じていたこと。最近その違和感がさらに強く感じられるようになったので、思ったところを述べてみました。

一日一新

  • 金融機関で相続案件の委任状について学ぶ
  • 子供の頃から気にしてた町中華「有楽」に初めて入る