「3密」の意識が薄れてる

可睡斎の風鈴祭り

コロナ終息の兆しが全く見えず、祭りや花火大会など様々なイベントが中止または規模縮小を余儀なくされています。

すっかり夏の風物詩となった風鈴祭りも規模が3分の1くらいに縮小され、ひっそりと風鈴が鳴り響いています。

様々な業界がコロナの感染対策を頑張っていて、自分の所でクラスターを出さぬよう、出来る限りの努力をしているのですが、一方で施設を利用する側の意識が薄れているように思えてなりません。

若者は発病しにくいから良い。ではない。

運営側の努力を嘲笑うかのように、そこらじゅうに密があります。

もはやソーシャルディスタンスなんてありません。その結果が再びの感染拡大です。

某有名人が「PCR検査が爆発的に増えたから感染者が増えるのは当然」「発病率や死亡率は低いから気にすることはない」と公言しているせいか、そのように考えている人が増えているように見えます。

どこまでも自分本位なんだなぁと。

自身は発病しなくても、ばら撒くことで他の誰かを死に至らせる可能性があるわけです。もちろん、若くても自身が発病する可能性もあるでしょう。

感染が確認されたらしばらく隔離されます。そうなると最悪仕事を失う可能性もあります。

未だ罪人扱いもされるでしょう。

日本では「病気」に対する意識だけでなく「社会」に対する意識も大事なのではないかなと思う次第です。

例えば、僕のように代わりがいないスタンスで仕事をしていると、感染して隔離されたらお客さんに迷惑をかけてしまいます。

代わりがいたとしても、代わりの人の負担を増やすことになり、やはり迷惑をかけるわけです。

近頃、「空気を読む必要はない」「自分に素直に」などと偏った自由を吹聴する人間が増えました。

自由に生きるというのは「不都合を強いられる自由」「規制・注意される自由」もあるのです。自分の都合だけを押し通そうとするのはただのワガママ、身勝手なだけです。

人間社会の中で生きる以上、「他人に迷惑をかけない」「自分がされたら嫌なことはしない」というルールの中での「自由」なのです。

それが嫌なら人間がいない所で一人でやれと。

その程度のことが分からん人間が残念ながら多くいます。その結果が今の惨状でしょう。

この程度のことを意識できていたらGo Toキャンペーンはすんなり始められたでしょう。国の後手後手を批判する声が上がってますが、それ以前に東京から地方にコロナをばら撒いた、地方からノコノコ感染しに行った、わざわざ密集する場所に行った人間が原因です。

未だにマスクをせず咳やくしゃみをする人間、トイレを済ませて手を洗わず出て行く人間、しまいには「迷惑系YouTuber」などとコロナをばら撒く愚か者もいます。

残念ながらこういう中で生きていかなければならないのが今の日本です。

防衛し切れるものではないから広まってるというのもあるのでしょうが、それでも防衛の意識は持たなければと。

家族やお客さん、友人知人に迷惑をかけない。そういう意識を持っていればおのずと最低限のマナーは身につくはずです。

少なくとも僕はそう考えます。

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