死に様は生き様を映す鏡

ニュースで女優の芦名星さんが自殺されたとニュースが流れています。

木村花さん、三浦春馬さんと、有名人の自殺が相次いでいます。

まず持論として、あくまで僕の持論として、いかなる状況であろうと自殺は反対です。

もちろん、第三者にはおよそ分かろうはずもない、死に到るほどの悩みがあったのでしょう。

それでも自殺はよくありません。

僕自身、小学生の頃に階段から転落して泡を吹いて意識不明になったことがありますし、小学生〜中学生の頃の幼い脳味噌で過大に意識し過ぎたとはいえ余命宣告をされて「頑張ったってどうせもうすぐ死ぬんだ…」と無気力で閉鎖的な日々を送った時代があります(今は完治して、単なる黒歴史だと笑い飛ばせていますが)。

そういう経験をしたからこそ、余計に自殺はイカンと思うわけです。

僕から見たら木村花さん、三浦春馬さん、芦名星さんに関しては、手を伸ばしても絶対に届かない世界、地位にいる華やかな世界の住人です。

それ故におよそ凡人には分かり得ない苦悩もあるのだと思います。

しかし、その世界で活躍できる「力」を持つ人たち。そこらへんの凡人とは違う人たちです。

にも関わらず自ら命を絶ってしまう…。苦悩や絶望に負けてしまったのだなと。

自殺は究極の身勝手

と、僕は考えます。

  • 家族を悲しませる
  • 友人を悲しませる
  • 職場や取引先に迷惑をかける
  • 死んだ場所の家主・地主に迷惑をかける
  • 鉄道のダイヤを乱して大勢に迷惑をかける
  • 所詮、イジメの首謀者はしらばっくれる

家族もいなければ友達もいない、賃貸で一人暮らしをしているものの無職で日々イジメにあっている…とフルコンボの人はそうそういないでしょうが、そういう人なら線路に飛び込まないで活火山の火口に身投げでもすれば人知れず、この世から消えられるのでしょうが、非現実的です。

自殺すると言うことは、必ず誰かを悲しませ、誰かに迷惑をかけるわけです。

夜にドンチャン騒ぎをしてご近所に迷惑をかけるのとは、かける迷惑のレベルが違います。

彼女が「休憩したい」と言っているのに全力で振り回すのともレベルが違います。

信念がブレないよう、心の体幹を鍛える

NHKで月曜日の夜に「逆転人生」という番組を放送しています。

経営者が多いですが、事業の失敗や親が残した負の遺産のために奈落の底まで落ちた人が、それでも這い上がって成功を掴んだ姿を、本人をスタジオに呼んで振り返る番組です。

家庭が崩壊し、自身も鬱になったり体を壊したりしても復活した人たちの話を聞いてみると、皆さんに共通しているのは「信念」を貫き続けたということ。

「信念」という意味では、僕自身も人一倍の罵詈雑言を浴びてきましたが、貫き続けて平均の3倍の年月をかけて税理士になりました。

黒歴史の10代の頃も「何でも良いから人の役に立ちたい」と強く強く思っていました(体が弱かったりイジメにあっていたからこそ、他人の痛みが分かっていました)。

こういった「信念」は「夢」でも「楽しい事」でも良いでしょう。それを突き詰めること。それは一生懸命生きるということにも繋がります。

そうする事で心が鍛えられます。

逆にそれが無い人は…怠惰、惰性でなんとなく「良いにしちゃってる」生き方の人なんだろうなぁと。

朝起きて、仕事して、帰ってきて、風呂入って、子供の相手をして、寝る。

と、生活パターンをルーティンにしてはいけません。家事、育児は言い訳になりません(所帯を持つ、親になるという事はそういう責任を負うことなので、それを選んだ以上は。)。

一日一新のススメ

どんな小さな事でも良いので1日にひとつ、新しい事をしてみましょう。

普段入らない店に入ってみた、いつもと違う道で帰ってみた、コンビニで新商品を試してみた…そんな些細な事でも新発見です。

話のネタにもなりますし、細やかながら知識を得られます。

そんな小さな事を積み重ねるだけでも塵も積もればで行動力が身に付きますし、その先での新発見や出会いが枝葉のように広がります。

死に様は生き様を映す鏡。

もし死ぬ間際に家族や仲間に囲まれて、楽しかったなぁと笑って逝けたら、きっと楽しい人生だったでしょう。

逆に、ひとりひっそりと施設で息を引き取ったら、僕なら「こんなハズじゃなかったのになぁ…」って思うことでしょう。

前者のような死に様を迎えられるために、今のうちから試行錯誤しています。

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