「良い人」のどこが悪い?
「良い人だね。」
具体的に何が良いのか分かりませんが、昔からそのように言われています。
漠然と。
つまり言ってる本人は当たり障りのない、とりあえずプラスの言葉を投げて良しとしているのでしょう。
「良い人=どうでもいい人だよ」と言われた事もあります。
あぁなるほどなと。
ことさら異性関係については「良い人」と言う人とは深く関わらないように心掛けていました。
良い人なんて言っておきながら裏で「まじめ過ぎ」「物足りない」と言われていたそうです。
最近でも初めて面会した金融機関の方に「お堅そう」と。
相当なのでしょう(笑)
いつもオラオラしている人もいる
例えば、女性は「悪っぽい男」が好きな傾向があるのだそうです。
それを鵜呑みにしてか、男に対して常に戦闘態勢でいる男性が一定数います。
引かない、媚びない、省みない。
サウザーかと(笑)
そうする事で短絡的に自分が相手より強い、相手より上なのだと思いたいのでしょう。
車のあおり運転の事件がその典型でしょう。
この手の人間の大半が虚勢です。
自分に自信が無いから動物的に横柄な態度をとって強いアピールをするわけです。
人間社会においてはマイナスしかないのですが…。
良い人を「演じる」でも良い
いつもオラオラしている人間と礼儀正しくて品良く見える人、どちらと仕事をしたいでしょうか?どちらと食事をしたいでしょうか?
食事に行って、一緒にいる人が店員さんに横柄な態度をしたらこちらまで同類と思われてしまいます。
店員さんも不快になるので、それなりのサービスしかしてくれないでしょう(見えない所で普通以下のサービスにされているかも)。
実際、とある居酒屋では店員や周りの客に迷惑をかけるような客に対してはぼったくるそうです。
一方で、当たり前のマナーを守り、店員が喜ぶような気遣いある一言を常日頃から言える人は常連客になるとオマケをしてもらえる事が多々あります。
人は自分の仕事を認めてくれる人のためには頑張るもの。
なので、より良いサービスを受けたいなぁと思ったら「お客様は神様」などという考えは捨てましょう(そもそもお客様は神様というのは店側の感覚であって客側が思う事ではありません)。
そうする事で「良い人」スキルが身に付き、「良い人(店)」を引き寄せます。
類は友を呼びますので。
オラオラしている人間はそういう仲間を引き寄せるからいつも不愉快なのです。
つまり、自分で自分の幸福度を下げ、つまらない人生にしているわけです。
成功者はそうでない人にも敬語で接します。僕が入社したてで「源泉徴収」の意味すら分からなかった頃でも敬語で接してくれた大富豪の社長がいました。
我流で自分勝手な生き方をするとオラオラ系になります。
「学ぶは真似ぶ」と言います。すごいなぁ、こんな人間になりたいなぁと思う目標を見つけて、できることから真似をしてみる。それが学びです。
子供の頃、イチローの振り子打法や王貞治の一本足打法を真似した理由と同じでOKです。
演じていくうちにモノになってきますので、何かを変えたいと思ったら試してみてはいかがでしょうか?