コロナ禍の政府頼み

この度、政府は55.7兆円の経済対策を打ち出しました。

高校生以下の子に10万円の支給、保育士や看護師の賃上げなど、過去最大なのだそうです。

特に最大250万円の事業復活支援金は大きな目玉になるでしょう。

ところが…これまでも散々コロナ対策で莫大な支出をしてきた上での55.7兆円。財源はどうなっているのでしょうか?

おそらく今後は増税でしょう。

今回の経済対策も「その場しのぎ」にすらならないような気がしてなりません。

10万円ばら撒いたところで、本当に生活に困窮している世帯には効果は薄いのではないでしょうか?

もっと根本的に、教育の質の向上とか稼げる仕組みの構築。そういった投資をして欲しいものです。

必ずどこかで不公平になる

僕は幸か不幸か持続化給付金も貰えませんでした。政府から何ら救済してもらっていません。

給付対象になるということは売上が半減しているということか不正受給かということで、コロナ禍の影響が無いなら良いじゃないかと思われるかもしれませんが、そうならないような業種を選ぶなどの決断をしてきた結果です。自助努力をしてきたわけです。

そんな僕は政府の犬となって税金をかき集めている仕事をしています。国から給料なんか出ないのに。

長い年月地べたを這いつくばって、目標を持って闘い抜いて、税理士として独立して生活しています。

たぶん、そんじょそこらの人よりも苦労人であると自負しています。

血の滲む努力を積み重ねて、なんとか食べていけてる今の状態を手に入れた人間から見たら、理由はどうあれ困った時だけ国に頼る姿勢に違和感を感じます。

不慮の事故だとか病気や怪我、障害などやむを得ない理由があるわけでもなく、低賃金で生活苦だから助けろというのはおかしくないか?と思わずにはいられません。

その程度の収入で甘んじていた、最悪の事態を想定していなかった、努力を怠った…そういった本人の落ち度だと思うのです。

ひとり親世代の子供の貧困なども、子供は親を選ばないのに親としての責任を果たさず、カップルが別れるかのような感覚で安易に離婚するケースが多いように見受けられます。

結婚するということは当事者間だけの問題ではなく「家と家」が繋がるということです。そういったことを考えず安易な決断をした結果なわけです。

給料が安いと文句を言うのならそんな職場はとっとと辞めて良い給料の仕事を探せば良いのです。それができない理由ばかり並べて一段上の領域に行くための努力もせずに現状に甘んじておきながら文句を言うというのは筋が通っていません。

義務や責任を果たさずに権利ばかり主張するのはいかがなものかと。

岸田総理は「誰一人取り残されない社会」と言っていましたが、自民党は以前のマニフェストで「自助努力」を謳っていましたし、働かざる者食うべからずという「当たり前」の上での取り残されない社会ということではないでしょうか。

おわりに

我が家の父は公務員でした。バブル恩恵も無く、何でもない平穏な時は「公務員の安月給」と笑われ、家族旅行は3回しかありませんでした。しかも安く泊まれる公務員用の宿舎で温泉なんかありませんでした。

それが今となっては公務員は安定していてズルいと言われるような時代です。

僕が死にものぐるいで勉強していた頃は稼ぎが少なくてバカにされたものですが、コロナ禍になってみれば「税理士先生は良いですね」と言われます。

仮に公務員や税理士などの士業が特権階級なのだというのなら、当然です。

競争試験に勝ち抜いて得たポジションなのですから、履歴書出して面接して就職しただけの仕事と一緒にされたくありません。

それくらい誇りを持って仕事をしていますし、日々税制改正に対応すべく勉強もしています。

どちらが「偉いか」ということではなくて、人一倍代償を払ってきたということです。

責任感ある一人や努力してる人が報われる社会であって欲しいものです。