「最善」の選択
今日、お客様に「キミは何をあげても喜ぶね。無理して合わせてない?」と言われてしまいました。
結論、まったくそんなことございません。
例えば、和菓子の話で盛り上がってたところで「実はチョコレートなんだけど…」と言って差し出されてもめちゃくちゃ喜びます。チョコレートも大好きなので。
食べ物のみならず、よくお誘いいただいているゴルフもそうです。
ブービー賞なんぞを取ってしまうほどヘタッピですし、周りの皆様の足を引っ張ってばかりで申し訳ないと思いつつもバッチリ楽しんでいます。
ほんの数年前までろくに遊びもせず税理士受験の勉強ばかりしていたので、やったことがない事をするのが楽しいです。少しずつ上達してきているのも嬉しいですし。
とはいえ、じゃあ自分にご褒美チョコを買いますか?と聞かれたら…買いません。ひとりでラウンドしますか?と聞かれたら…まだそこまでの度胸はありません。
そのくせ…というか、だからこそ頂けたら純粋に嬉しいので喜びますし、誘って頂けたらまず断りません。
たとえそれがダイエット中であっても、繁忙期真っ只中であっても。
そういう「自分軸」で拒んではいけないなと思うのです(100%貫き通せているわけではありませんが)。
何事にも共通する僕自身の尺度なのですが、つまり、自分だけの最善を選ぶのか、自分と相手で共有している時間の中での最善を選ぶのか。僕の場合は後者だということです。
自分だけの最善で行こうとすると「やらない理由」がいくらでも出てきますが、自分と相手で共有している時間の中での最善を選ぶと「やる理由」を考えます。
まぁ、その都度そんなことをいちいち考えているわけではありませんが。
普段から場の空気を考えてしまいがちな性分が自然とそうさせるわけです。
「最善」である以上、それを選ぶというのは労力がいります。だから時に「気が進まないなぁ」という感情が湧いてくることもあります。しかしながら、そこで労を惜しんではいけないなと。それを自分中心の軸で考えてしまうとラクする方に流されてしまうおそれがあります。
そういう意識で行動をしているからか、独立してから本当にいろいろな人から良くして頂けています。お客様でも同業者でも友達でも家族でも行きつけの店でも。
もしかしたらこれが「処世術」というやつなのかもしれません。