税理士になって変わるもの、変わらないもの
報われる、世界が変わるという幻想
税理士受験生時代、何人もの合格者を見送ってきました。しかも大半が後から来た人です。
「後から来た人」に追い越されるのは、何年も受からないと諦めてしまったり、受験に理解の無いブラック事務所だとか結婚や出産で勉強どころでなくなったり、合格者以上にやめていく人が多い世界だからです。
合格者を羨ましさや時に憎たらしさの眼差しで見ていた受験生時代、官報合格された方から「税理士になると世界が変わるよ」と言われました。しかも複数人から。
表情を見る限り、良い方向に変わる様子で、きっと収入が格段に増える、ちやほやされる(モテる)、自信が付く、土日は存分に寝て遊べる…そりゃもう明るい未来の幻想を抱いていたものです。
それがモチベーションというか、闘い続けるための最後の砦だったので。
良くも悪くも変わる
いざ税理士になってみて、日々痛感しているのですが、「税理士になってからがスタート」だなぁと。
どんな業界でも同じですが、過程はしょせん過程でしかありません。
プロのJリーガーでしたらJ1チームに加入出来たからといって安泰ではありません。J1チームに入れるという事はそれまでのキャリアや努力が全国レベルだったということですが、今度はそのチームでのレギュラー争い、その次はJ1での順位争い、さらには日本代表に選ばれるか否か、世界に通用するか否か、引退後もサッカーで食べて行ける知名度やスキルがあるか…と限りがありません。
税理士も同じかなと。
受験中はとにかく早く解放されたいという思いがほとんどだと思います。
年に一度、たった2時間の試験でその人の一年の価値が決められてしまう「勝てば官軍」の世界でしのぎを削っているわけです。時に気が触れて蛮行に走る受験生が出没するのもある意味納得です。
実際に、電卓を叩く音がうるさいとボンドでその人の電卓を固める、トイレの壁に穴を開ける、全フロアのトイレットペーパーを外に投げる…などといった蛮行がありました(自分をコントロール出来ない人間は落ちたでしょうし、仮に受かってもこんな税理士に頼みたくありませんが)。
と、まぁこんな環境をくぐり抜けて税理士になったわけですが、その後独立するか否かがひとつの分かれ目です。
僕は独立を選んだ結果、自由を手に入れました。これは最大の変化です。
人を雇わずひとりでやっているので、時間的にも精神的にも、経済的にも自由です。
とはいえ、「自由」という言葉を都合良く解釈している人間が多過ぎる中、当然ながら「自由」には残酷な面もあります。
それは「思い通りにならない自由」です。
自由=何をしても良い。確かにそうなのですが、望まない方向に追いやられるのもその人の自由です。自由と不自由は表裏一体なのです。
雇われていれば1ヵ月我慢すればお金が貰えますし、ボーナスも出ます(前の事務所はボーナス無しでしたが)が、独立したら自分でお金を生み出さなければなりません。時間的に自由があってもお金が無ければ生活できません。
やっとブラック事務所から脱出できた、やっと受験から解放されて自由になれた。その反面でお客さんからの突き上げ(雇われていれば最終的にボスに責任転嫁できる)もあれば、個々の重大案件に自分が判断を下さなければなりません。
世間的にも「税理士」といえば凄いねぇとちやほやされるかなぁと思っていたのですが、営業がやかましくなったくらいです。(「凄いねぇ」止まりです。意外と)。
税理士一年生だから(キャリアが無いから)と値下げ要求されたこともあります。もしも所属税理士だったら「担当が無資格者→有資格者になったので値上げします」と言えたかも知れません。
良いことも悪いことも、どちらももれなく付き纏います。
それでも独立して大正解。雇われ人には戻れない。
「独立します」と言った時、いろんな人から珍しがられました。
キャリアの長いベテラン税理士先生からも同世代以下からも。
どうやら最近ではリスクを気にして独立を怖がるのが一般的なのだそうです。それと二世、三世がずいぶん多くなってきていたり税理士法人も増えてきていたり、個人でやる時代ではない(お客さんが取れない)のだそう。
開業当初はなかなかお客さんが来ないのはどんな業種でも同じです。
お客さん第一号から口コミで広まったり、紹介されたり、そうして信頼と信用を築いていくもの。それを面倒だと思ったらそもそも経営者には不向きです。
独立してちょうど一年が経ちましたが、裕福ではないにしても衣食住と趣味は確保できています。何も税理士業だけが収入源ではありません。副業ではなく復業の時代です。
税理士によっては保険を売りつけたりオペレーティングリースを斡旋する所もありますが(ウチではやりません)、そういう既定路線だけでは人口減少社会では先細っていくでしょう。
周りと同じ事をしないで違う事をするだけでチクチク言われたりもしておりますが、それも「自由」です。
既定路線からはみ出て、まず時間的自由と精神的自由を体感してみる。例えば9時にカフェに行ってコーヒーを飲みながら情報収集をして、スッキリしてから仕事に入る。それでも誰からも文句を言われない。
それだけで雇われ人の頃には無かった自由が満喫できます。若干の背徳感は自由を感じる良いエッセンスです(他人に迷惑をかけないのが大前提)。
平日にお客さんからゴルフに誘われるようにもなり、いわゆる「臨時休業」でゴルフに行けます(接待・交際なので仕事の内。とても緊張しますが)。
こんな生活もできるようになるわけです。
もちろん楽しい事ばかりではなくて、なかなか入金してくれない、一方的に契約解除された、無駄な買い物させられた…金銭的にハラハラさせられる事もあります。
自分の価値を高める努力をしなければお客さんが離れていきます。
やっと受験という長い低迷期から脱出できたのに、新たなステージでの生存競争が始まっています。
もし所属税理士を選んでいたら相応の役職手当や職場内での立場などがプラスになったかも知れません。そっちの道を選ばなかったので分かりません。
が、給料と立場が上がってブラック事務所がさらにブラックになったかも知れません。そして体を壊して…という可能性もゼロではありません。
結局、選ばなかった方の道はどうだったのかなんて死んでも分かりませんので考えるだけムダかなと。
その都度その都度真剣に考えて選択してきた結果が今…のはずなので、ちっぽけなアパートでひとり税理士をやってる今日を楽しむ。そんな日々の積み重ねを大事にしています。
時に寝付けない夜もありますが、それでも雇われ人には戻れません。